主人公セルジュ・透明な自己主張

 セルジュについて書く、ということは、実は案外難しいことのような気がします。
 何度かウチの掲示板でも、話題になっていますが、クロノ・クロスの主人公・セルジュは、このシリーズの伝統にのっとって、作中いちども台詞をしゃべりません。つまりは「セルジュの視点=プレイヤーの視点」ってことなんで、「セルジュ」そのものには、他のキャラクターのような、強烈な個性とか人格とか、カラーになるものが何もない。
 もしもプレイヤーが、セルジュに対して何らかの思い入れを持ったとしても、それは「クロスの世界の中で、セルジュの目を通して見た、セルジュという立場」への、共感とか、感動なんだろうな、と。つまり、彼が置かれている運命とか、他のキャラとのかかわりとか、そういう「関係」の部分に対しては、充分に思い入れができる。けどそれって、決してセルジュのキャラクターそのものに対しての感情ではない気がしますね。
 だから「キャラクター」そのものについては、ちょっとしゃべりにくい。というか、プレイヤーによって、だいぶん「セルジュという存在への思い入れ」のかたちも、違ってくる気がするし。ゲームの中で動くセルジュの「魂」を部分は、結局、動かすプレイヤーひとりひとりが司る部分ですからね。
 ……ビジュアルはかなり!好みなんですけど。しかしクロスの物語じたいが、ひとの「外面」には究極的には、さしたる意味がない、というようなことを言ってしまってますからねえ。セルジュにおいては、ビジュアル面への思い入れまでも、無効化されてしまうのかも知れない。うーむ。

 セルジュの「外面」に、記号以上の意味がないこと……それはセルジュ←→ヤマネコの一連のイベントが、そう言っちゃってる気がするんですが。最終的に、セルジュは自分の「元の姿」を取り戻しはするけど、それは実は「本来生まれもってきた肉体」そのものを取り戻した訳ではない。元の肉体は、ダークセルジュ(ヤマネコ)に持ってかれちゃったままで、結局帰ってこないんだよね。最後に残ったセルジュの身体は、ヤマネコ(ワヅキの変貌した肉体)をベースに組成し直したものである、という……。
 よく考えなくても、なんかひどい話のような気がする。しかも、そうやって「元とは違う」ものではありながら、見かけ上は「元通り」のセルジュの姿を取り戻すことによって、かつて「セルジュ」であった時に仲間になってくれた人たちが、再び戻ってくるんだよねえ。これもすっごい、皮肉な話。次元の狭間でツクヨミが「セルジュの『すがた』をしていないセルジュは、社会からはセルジュとして認められない」ことを言い、ダークセルジュも「すがたが変われば、人との関係性も変わる」ことを言う。普通こういうネタを振ったら、あとで「でも魂はセルジュなんだから、みんなその『本質』を信じるよ」と、言ってくれる展開になるものですが、クロスはあくまで「現実」を追いかける。そうたやすくは、ないのだと。
 ただそれでも、わずかな人たちだけが、セルジュの本質を認めて、理解してくれる。アカシア龍騎士団の人々、ファルガ、そしてセルジュの母・マージ……。これが偶然なのか意図したのか知れないけど、実は基本的に、ヤマネコ化した「セルジュ」を認めてくれたのは、「かつての敵」か、「親」なんだよね(ホームで新たに仲間になるイシトやバンクリフは、かつての「セルジュ」を知っている訳ではないので、この話からは除外されます。過去のセルジュを知っていて、なおかつヤマネコ化しても、セルジュとして扱ってくれるか、って話なの)。ファルガはもちろん、セルジュと血縁などではないですが、セルジュと同じ年頃の子供を持っている辺りが……「それでも子は子」みたいな、おおらかなバックアップをしてくれた感じがしちゃうんですよね。

 話が前後しちゃうけど、セルジュの外面って、ある面では「価値がない」し、ある面では「それそのものにしか(本質的には)意味を求められない」という、非常に相反する扱いをされてるんですね。或いはすごいニヒリズムがあるのか……セルジュの肉体は「元のもの」とは違ってしまっているんだけど、見かけ上が同じであれば、世界はそれを認めて動くのだという、社会と現実のありようそのものに対する冷笑。……あんまりこの辺りを追及しちゃうと、アナザーで仲間になった連中と、セルジュの関係が寒いことになってしまうのですが。構造的には、そうなってるのは間違いない。
 しかもそのあと、セルジュ自身の手によって、ダークセルジュを「殺させる」という。クロノポリスで戦うことになる「フェイト」は、ありゃやっぱり、(オリジナルの)セルジュの肉体を「鉄雄化」して生じたものだよねえ……。

 全編を通してセルジュの宿敵となっていく、ヤマネコ&ダークセルジュは、セルジュの父親・ワヅキがベースになっている。彼については別項でしゃべりますが、それにしてもクロスは父親殺しの話でありつつ、自分を殺している話でもあると。……そんなにまでして、何の為に戦うのか、と問うところに、クロスの話のひとつの意味がある気はしますね。親や自分を殺すこと、そのものの意味を問うのではなく、そこまでして何をセルジュは(そしてプレイヤーは)求めるのか、その先にあるのは何か、ということが本質になっている。
 かつてのトリガーは「星を救う為・未来を守る為」という大義名分があった。けれど今回はそれがない。むしろ、その結果として「救われなくなった未来」が却って、運命の名の下に、復讐に来るぐらいです。
 なんとなく、「わたしの」セルジュが感じた結論としては、「生きているから、生きる為に」ただこの道を進む、ということですかね。今生きているということ、そしてこれからも生き続けようと思うことには、ただそれだけでもう、何ものにも換えがたい「価値」と「意味」があると思う。
 セルジュは「本来の時間軸」では、既に死んでいる。死ぬのが彼の本来の「運命」だった。その彼が今、生きており、この年齢まで成長し得たということ、それ自体が一種の奇跡のようなものだったのだと、話が進むにつれて思い知らされました。14年前に、10年前に、セルジュは何度も「死ぬべき運命」を潜り抜けて、今ここにいる。それがどれだけすごいことか……。「命を大事に」なんてあまい言葉も、吹っ飛んで逃げて行くようなぎりぎりの瀬戸際で、セルジュの命は現在につながれている。
 ……そして、こうして今生きている、わたしたち「こちら側」の人間たちにも、実は同じことが言える。残念ながらわれわれの手には「星色のお守り袋」はなく、次元を超えてアナザーワールドをうかがうことはできないけれど……例えばこれまで続いて来た日々の間に、何万回となく下した大小さまざまな「選択」が、何処かで違っていたら、自分は今とは「違う」ものになっていたかも知れない。或いはこの瞬間まで生きていることもなく……別の世界の別の現実には、自分の名を刻んだ墓が立てられているかも知れない。
 人は過去を悔いたり、今の自分に飽き足りなかったりするものだけど(そして容易に、自分や他人の価値を否定しがちだけど)、それでも今ここで、そうやって考えている「自分」には、絶対の価値があるはずなんでしょう。ただ「生きて、存在している」というだけでも……そこに至るまでに、どんなに玄妙な偶然と選択の繰り返しで、今の自分がこの瞬間に成立したか。その貴重さを思えば、誰もその存在に意味がないなんて、言えっこないのだと思う。

 「今もここに生きている」セルジュの物語、そしてそこにクロスして、互いの存在の意味を響かせあう、キッドの物語……。既に何度も言われているように、このふたりは互いにいのちをつなぎあい、与えられたものを投げ返す繰り返しで、今に至っている気がする。たぶん……いのちが生き続ける奇跡というものは、決して「ひとり」では成り立たないものなんでしょう。キッドとセルジュはとりわけ「特別」だけど、そうでなくても……星に生きる、人と自然。龍と人間。
 互いに影響しあう命と命。それは決して「助け合う」ばかりではなく、時には戦い、無意味に傷つけあう……けれどその果てにいつか、結ばれるかもしれない、共生の絆。

 運命の憎しみ、龍の憎しみの裏に見え隠れする、狂気にも似たワヅキの執着、ツクヨミの涙……セルジュはもの言わずにすべてを受け止める。クロノクロスがつなぐ7つの音色が、ひとり憎しみにかられたサラ=キッドを癒し、龍を癒し、星を癒す。「それをできるのは、あなただけなのよ」と、すべてを託されたセルジュこそが或いは、世界の憎しみと、愛をひとつにより合わせる「クロノクロス」なのかも知れないなと、思ったりします。
 生と死が、愛と憎しみが……物語のすべての意味が、セルジュのなかで交錯する。そしてそれらは同時に、セルジュの「魂」を司る、プレイヤーたる我々へと、ダイレクトに還元される。そうして、だから最後に、サラはことばを残すのかも知れない……「物語は終わっても、人生は続く」と。
 セルジュの物語は、一見とんでもなく数奇で特別なもののように見えるけど、実のところ、その本質の意味合いは、そのまま我々の現実の物語とつながる。この辺りに、「個性を意味することは何もしゃべらないが、ダイナミックな運命と感情を背負った」主人公の意義が、何となくながらも成立する気がしますね。

 ……ま、でもどっちかっつーと、キッドに何がしかの思い入れがあるプレイヤーの方が、よりセルジュの視点になって「おう!オレは生きたるでぇ!彼女にもろうた命、無駄にしてなるもんかい!(←何故関西弁……)」という気分になれるかも知れませんが。「急襲!!かなしみの追撃者」で、キッドの声を聞いた途端に走り出したり、天下無敵号の舳先で思い出に耽ったりするセルジュの姿にはあんた、自分が乗り移ったものかと……。
 あの一連でかなりセルジュに惚れました。あとは「炎の孤児院」イベントかな……。ありがとうセルジュ、小さなキッドのことを、ちゃんと抱きしめてくれて……。←以下は「キッド思い入れトーク」に続く……かな。


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