理の賢者ガッシュ・導きの手、あらぶる魂

 クロスに登場する、前作「クロノ・トリガー」のキャラを語ろうとする時、いきなり彼から始めようという辺り、私もアレですけど……。結局、この人がいなければ、クロスの物語は全く成立していないという、超重要キャラです。
 すべての元凶、冷徹なるシナリオライター。セルジュもキッドも、フェイトも龍たちも……クロスに登場するほぼすべての人物は、彼のてのひらの上で踊っていたに過ぎなかったのかも知れない、という終盤のネタばらしには、かなりショッキングなものがあります。そんで、そのせいか、このお方に対するプレイヤーの感情って、どうしたって悪くなりがちなんだけど……「何様のつもりだ」というか、「あんたこそが『運命の神』だとでも言うのか」みたいなね。
 でもねえ……私は彼は、悲しすぎる人だと思う。彼ははじめから、自分が立てた計画の罪深さというものをよーく知っていて、その上で敢えて「汚れ役」を引き受けたように思えてならないんですよ。前に「随想的評論」で私は、クロスのイメージとして「もつれた糸玉」の例を引いたのですが、ガッシュはその糸玉の収拾の為に、自分がどんな罪を犯すのか、のちにどのような罰を受けるのか……ぜんぶ承知の上で、あくまで冷徹に残酷に、糸を「引きちぎる」覚悟をしちゃった人、なんじゃないかなと。

 もともと、ガッシュというのは実は、激情家タイプのような気がしなくもない。トリガー以来の印象なんですが、あの人はだって、破滅しきった2300年の未来の世界で、発狂しつつ「シルバード」を完成させた男ですからね。狂気にも似た情熱、というのは、フェイトがルッカを評して言った言葉ですけど、ガッシュもちょっとその匂いがする。もともと、1万2千年前の古代世界でも、彼一人で海底神殿(の、基礎理論)だの魔神器だの黒鳥号だの、膨大な「遺産」を作り上げてる訳ですから、その情熱たるや相当のもの。そうそう忘れちゃいけない、サラのペンダントも確か、ガッシュが作って与えたものでしたよね。
 ……そうして気づいて見れば、古代魔法王国が滅びた原因、行き過ぎた魔法科学の暴走の基を作ったのが、そもそもガッシュだったのだなと。もちろん直接の原因は、ラヴォス(=凍てついた炎)の影響下にあって、狂った女王・ジールにあります。そうして、暴走して行くジールによって、元々のラヴォス利用理論を作った三賢者たちは排斥されてしまった。王国が滅亡への道へひた走って行くのを「止められなかった」という訳なんですが……実はここにも、微妙なトリックがあったようにも思います。
 実際トリガーでは、なげきの山に幽閉されたボッシュを救出するイベントがあります。これによって、ジールの市民が「姿を隠した」と言っていた賢者たちが、実は「幽閉されていた(或いは、それに近い状態にあった)」ことが想像できます。でも……本当に三賢者たちは、無力だったのか?どんどん人の心を失って、暴走して行く女王。利用され尽くされる王女・サラ。それを止めることは、できなかったのか、本当に?事態が最悪の瞬間を迎えるまで、或いは賢者たちは「何もしなかった」だけなのではないか。何もできなかった、自分には実行力がないと言うのは……言い訳なのではないか。
 少なくとも三賢者は古代王国において、権威ある存在で、ラヴォス利用の文明だって、彼らがいてこそ「架空の理論」が実際に実現したとも言える。海底神殿計画の中枢にいた筈の彼らが止められなくて、誰がその暴走を止められるというのか?
 ラヴォスとはなにか、暴走する魔法の果てに何が待っているのか、事態の当事者でありながら、それを知らなかった神ならぬ身の賢者たちに、そこまでの「責任」を強いるのは酷なことなのかも知れない。けれどあの時、もしもジールが「引き返す」チャンスがあったとしたら、そのトリガーを引けたのは、三賢者以外にはいなかっただろうこと。自分たちの迷いや、弱さ……そして何より、無邪気にも科学と魔法を極めようと志して、手を出してはならない世界に踏み込んでしまった、そもそもの愚かさ。……古代王国の滅亡とともに、はるかな時代を飛ばされた彼らが、残りの一生涯、それを悔い続けたであろうことは、想像できるのです。

 自らへの断罪。そして、巻き込むかたちでもっとも重い苦悩を押し付けてしまう結果となったサラ王女への贖罪。その為に、ガッシュはまさに「神をも恐れぬ」計画に着手したのだろうと思います。それが「プロジェクト・キッド」……何千何万という人々の人生に介入し、世界を変え、生まれるべき無数の未来をその手で殺しつづける。
 ……感情を殺さねば、やってられないとは思います。蛇骨館や星の塔での、ガッシュの韜晦ぶりたるや凄まじいもので、「何故世界が分かれたのか分からないけど」だの「まさかクロノポリスがタイム・クラッシュを起こすとは……」とか、とぼけるにも程がある。けどもう、あれがガッシュの精一杯の虚勢なのかもなあ。あの人にはもう、人並みの人生とか、その中で得られる幸福とか、そういった暖かいものは何もなく、ただ忠実なヌゥ1匹(蛇骨館の地下にいるのは、ビィチボゥイの姿に見えるけど、実はトリガー2300年で「ガッシュの遺言」をプログラムされたあいつ、だと私は思っている)だけをお供に連れて、時間を超えて……それでようやく、目の前にセルジュが現れた時、彼にはどんな感慨があったのだろう。
 それでも彼は手を引けなかった。魔神器もペンダントも、彼が作ったもの……それがサラをあんなにも苦しめた。結果を先に知ることができなかったとは言え、結局、彼女だけがすべての責任と、結果からもたらされる破滅の呪詛を背負って、ひとり闇に堕ちた。時喰いとなってすべてを滅ぼす「彼女」の姿を知って、計画を立てたガッシュ。彼が本当に救いたかったのは、世界なんかよりも、ただひとりサラだけだったようにも思えて、そのひとりの為に世界すら歪めた。一見大義名分の為に動いていたように見えて、実はたったひとりの人間への強い思いの為に、その生涯を捧げていたのだ、と……私がガッシュを激情家だと言うのは、その辺りの印象からなのです。

 もちろん「歪められた」世界の人たちは、ガッシュに対して怒る権利はあると思う。特にセルジュと、キッド。いいように扱われているようにも見える。全部自分の意志で選択してきたつもりだったのに、それすらも「計画」の流れに沿ってのことだったのだよ、と断言されてしまうのは、やっぱり気分のいいものではないよね。それがたとえ、どんなに「正しい」ものだとしても。
 ただこの「ガッシュの計画」そのものへの答えが、物語の最後の最後で、当のキッドからつき返される。

 「世界が滅ぶというなら、滅びちまえばいい!歴史が変わるというなら、変わっちまえばいいんだ!ラジカル・ドリーマーズのみる夢がどんな夢か、このオレが教えてやるぜ!」

 星を救うべく立てられた、壮大なる計画。その「駒」に過ぎなかったのかも知れない、セルジュとキッド。けれどこの最後の「戦い」において、彼らが目指すものは、大義名分でも世界の救済でもない。星の為でも、人の為でもなく……ただ、自分が今、この世界に生きているということ、その意味を知る為に、すべての思いをかけてあのメロディを打ち鳴らす。
 ……その「こたえ」を聞いて、ガッシュはどんな顔をするのだろう。私はあの人は、ただ穏やかに笑うのではないかと思います。「それでいい」と。そうして彼は、そのあと何処へ行くのだろう。永遠に行き着くところを無くした賢者……否、自ら承知の上で積み重ねた罪に、魂の安らうことの許されないだろう、かれのたどりつく「最果て」。癒され、生まれ変わったあらたな世界は、彼にも居場所を与えたのだろうか。星の塔が再生したあと、誰もいなくなった蛇骨館の図書室を眺めて、思いを馳せずにはいられないのです。


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