この輝かしき日々 〜these happy golden days〜

A.D.1021 ZENAN.NORTH-AREA

「オーラレイン!」
 イシトの銃から放たれた無数の弾丸が、空中を飛び交う羽虫どもを次々撃ち落として行く。
 人でも獣でも、近寄るものには容赦なく、獰猛な牙で襲いかかる森の大昆虫も、彼の銃の前では無力に等しかった。堅い甲羅を吹き飛ばされて、地面に転がった甲殻虫どもの死骸を見渡し、イシトはふうと嘆息をつく。
 途端、背後でぱちぱちと拍手の音が響き渡った。
「イシト君、お見事」
 あまりにも場に不釣り合いな、呑気なその声に、イシトは眉をひそめて振り返った。
「ルチアナさん……見物してないで、貴方も戦って下さいよ」
「この辺りのモンスターは、昔、研究し尽くしてるの。これ以上、採るべきデータはないわ」
 片眼鏡の縁をついと上げて、ルチアナは平然と答えた。イシトは拍子抜けした様子で、相手の顔を覗き込む。
「データ採取の必要がないと、戦わないってことですか」
「カタいこと言いっこなし。……もう一人の貴方の方が、こういう時は柔軟だったわね」
「私は私です。もう一人の方とは、別人ですよ」
 ルチアナの指摘に、イシトの表情がやや硬さを増す。
 生真面目すぎるその表情を、見つめかえしたルチアナも、ふっと視線を下げて、声音が少しやわらかくなった。
「そうですね。余計なことでした」
 うっすらと漂った気まずさを振り払うように、ルチアナは身を翻し、傍らの草むらへ向かって声をかけた。
「フィオ!何遊んでるの?先へ行くわよ」
「はーイ」
 重たい頭を左右に振りながら、茂みの小花に遊ぶ蝶と戯れていた改良種フィオが、ぱたぱたとルチアナの足元に駆け寄る。
 歩き始めたルチアナとフィオを、後から追いかけるかたちで続きながら、イシトは気分を変えるように尋ねた。
「まだ、随分遠いんですか?」
「そんなでもない筈ですけど……もう十年も経ってしまったから。少し道も、変わっているかもしれないわね」
「それは……困ります。この森の正確な地図というのは、パレポリにもないんですよ」
 森の風景は、うっそうと暗い。
 伸び放題に伸びた木々の枝葉は、間をかき分けて進むものを、頭上から押し潰そうとでも言わんばかりだ。潅木は巨大な茂みとなって地面を覆っているし、そこらじゅうに蔓草が絡まって、歩きにくいことこの上ない。
 木々の茂り並ぶ間に、わずかながら、人が潜り込める程度の隙間がほそぼそと続いており──それだけが、かつての「道」の所在を示している。
「確かに、相当長い間、放っておかれたようですね……」
「元々この辺りは、戦術上あまり重要ではないんです。トルースの港の方が、大陸交易の拠点だった訳ですし。駐留していた友軍も──最後の部隊が引き上げたのは、もう七・八年程前だと聞きました」
 顔をしかめて枝を払ったルチアナに、イシトが受けて答える。
「以来、あそこも完全に無人のままの筈です」
「そう」
 一瞬、ルチアナは足を止め、何事かに思いを馳せるように、視線をさまよわせた。行く手、北の方角、やや仰角──目的の場所。
 フィオがごそごそと、茂みの下を匍匐前進している。人間たちがつけた木々の間の道よりも、わざと狭い隙間に潜り込む方が、彼女は楽しいようだった。湿った土の上で、白い茸の群れと出くわし、何やら奇声を上げている。
「まるでパレポリは、自分のしでかしたことを、今になって恐れているようね。だからそそくさと引き上げて、地図も作らず放置しているのでしょう」
「……」
 イシトは答えなかった。ただ、交替します、と低く告げて、ルチアナの前に出た。
 彼が切り開いて行く道すじを、ルチアナはしばらく立ち止まったまま、じっと眺めていた。かつてそこにあった筈の風景を、目のうちに描き出そうとするかのように。

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