クロノ・クロス プレイ後雑感

時の彼方のその果てに……

 何だかすごく不思議な気がしてしまうのです。まさかまた、クロノの世界に出会えるなんて。
 この「ラジカル・ドリーマーズの小部屋」を開設してから、間もなく1年が経とうとしているんですが……その当時には、実はスクウェアでは「クロノ・クロス」が着々と進行中だったなんて、まさか夢にも思いませんでしたもの。

 何と言っても叙情的で、独特の風格の漂う台詞回し。世界を彩る、鮮やかな音楽。奔出する膨大なイメージ、疾走する展開、あっと息を呑むどんでん返し……そのどれもが、私にとっては確かに「クロノ」でした。グラフィックが変わろうと、システムが変化しようと……物語を通じてなにか「語ろう」とする意志の在り方に、同じ匂いを感じる。おとぎ話のような装置立てにかくれた、ぎょっとするほど冷たい現実。人と世界への信頼と絶望、じんわりと滲み出る毒、冷徹な視線と、夢みるこころ……。

 サガフロ2のレビューで以前書いた通り、「続編」というのは、ともすれば安全パイなのです。既存のユーザーを慣れたゆりかごで運んでやれば、簡単に満足と評価が得られてしまう。それなのに、敢えてそこを崩したのは、何故か。その点を見極めなくては、新しいゲームをプレイする面白味などはないと私は思うのです。
 しかし、それでは逆に、では何故「シリーズ」なのか。システムを変え、前作の枠組みを変えてなお、同じシリーズの作品として発表した理由は何か。……そこを感じ取るのが、実はクロノ・クロスの醍醐味なのかも知れませんね。同じあの世界観の裡に眠る、まだ語り尽くされない物語、その意味を。

汲み取るイメージ、逆転する物語

 とにかく、今回はグラフィックからもキャラの動きからも戦闘からも、何もかもからスタッフの、とんでもない気合を感じてしまいましたね。これでもかと描き込まれた世界の美しさ。特に海!オパーサの青い浜、ガルドーブの浅瀬に寄せる海、天龍の島から望む明るい水平線……。いやもう、グラフィック綺麗、というのは、今のゲームにおいては誉め言葉にならない気がするんですが(つーか、逆にグラフィック綺麗なゲームを馬鹿にする風潮すらあるよなー)、何だかクロスからは「綺麗に描きたいものを綺麗に描いて、何が悪いんだーッ!」という勢いを感じました。
 んで、40人あまりのキャラひとつひとつの動作・しぐさへの凝りよう。フィールドにしばらく佇んでいると、キャラが何かのアクションをするのは、トリガーからあったお約束ですけど、それも1コ1コ作り込まれてるし、戦闘でもすごいし。固有技ぶっこわれてるし。
 戦闘……そう、特に前作からの最大変更点として、特にやかましく言われていた戦闘ですけど、慣れれば慣れるほどコツが分かってきて、かなり楽しみました。特にナイスと思ったのが、いつでも誰でもコマンド入力できるシステム。例えば、まずキッドに物理攻撃させて、他のキャラ防御させて、再びキッドのスタミナ貯めて、今度はキッドにエレメントを使わせる……「キッド様バトル」などという馬鹿な真似もできてしまう!!(感動)←……。

 キャラ萌えの話は、とにかくしゃべろうとすると、私の第2人格が勝手に「キッドおおおッ!!!」と叫び始めてしまうので(死)、別項に譲ることにしますが。まあ、とにかくそんな感じ(どんな感じじゃ)。
 40人あまりのキャラクターというの、正直言うと、多いな、とは思います。とてもじゃないけど使いこなせ切れないし、描き切れてない感のキャラも多いし。というか、パーティメンバーについての描写が、全体にあっさりめなんですよね。ちょっとしたフラグで仲間に出来なかったり、イベント発生しなかったりするパターンも多くて、敢えて(演出的に)引こう引こうとしている感じすら受けました。最近のRPGは、むしろキャラの性格をこれでもかと前面に押し出して、二次著作物の盛り上がりに期待する(失笑)パターンが多いのに……。
 途中から「これは、わざとこんな淡泊なつくりなんじゃないか」と思い始めましたね。ひとつには、足りないと思ったら、自分の想像力で補完しろ、という感じの突き放し方を感じる。……それに気づいた時、ホントにスタッフは冒険したなと感心するの半分、ちょっと感動もした。
 つまり、スタッフからユーザーに対する、これは挑戦なのだと。大袈裟に言えば。足りない欠片を、君たちは埋められるかい、それだけのイメージ力があるかい、想像力を羽ばたかせられるかい?……なんか、こちら側、作品を受け止める側の程度と度量を試されている気がする。これは物語そのものにも、言えることですが。
 或いは、何度でもプレイすることを、ある程度前提として作られているという面もあるかも知れませんね。重要な部分を敢えて「黙して語らない」つくり、そして多彩なキャラクター。バトルのメンバーを入れ替えると、結構プレイの感覚が違ってくるのは事実、そしてそれに対応するように、各イベントへの対応台詞もきっちり作られているし、選択肢の結果でがらっとイベントが変わるものも多い。

 基本的に「クロノ・クロス」は、考えると同時に、感じ取れ、というゲームだと思います。物語世界の全部を説明し、これでもか、これでもかと情報を提出するゲームではない。大事なものは、かくされている。……或いはプレイヤーひとりひとりの胸に本来、眠っているなにかを、大切に守っているものを、目覚めさせるようなつくり。自分の内側を総動員させて、感じ取って初めて、物語の意味が得心できるような物語。
 ……ある意味では、このソフトの創り手は、ユーザーを、その力を信頼しているのかも知れない。こんなキィワードを作ってみたけど、君たちなら受け止められるだろう、と問いかけられている気さえする。

 けど、だからと言って、クロノ・クロスの物語が中途半端だというのではありません。むしろ、物語としてはものすごく、吸引力があると思う。どんどん進展する事態、謎めいた台詞の数々に、もうコントローラーから手が離せないって感じで、ファーストプレイはすごい勢いで解いてしまいました。
 シリーズの伝統にのっとって、主人公のセルジュは台詞をしゃべらない。視点は完全にユーザーとくっつけている。なのに物語が目的意識を失わず、おつかいイベントみたいな展開もなく(私これ、すげー嫌いなんですよ。主人公の「正体」が隠されている物語だと、得てして話は場当たり的なおつかいの連続に終始しがちだったりするのでね……)、ぐんぐんと進展していく。この感覚がすごく楽しくて。これがクロノなんだよなあ、と何度しみじみ思ったことか。
 そして唐突に訪れる、ものすごいどんでん返し。これはやっぱり、シナリオの加藤正人氏の得意技なのかと思いますけど。トリガーで言えば、海底神殿で「予言者」がマントを取り、正体(魔王)を表すシーン。ラジカルなら、ヤマネコと対峙したキッドが「ルッカの仇!」と叫んで飛びかかるところ。……そしてクロスでは、この「ぐわーっ、やられた!」が何度もあって、そのたびにひっくり返りました私は。
 要は話の転換点なんですが。最初に「来た」のは、古龍の砦で、視点がセルジュからヤマネコに切り替わるところ。あれは直前の、突然にしゃべり出したセルジュにまず驚いて、それから「あれ、何か操作が……」と思う内に、いきなり戦闘に。前2回連戦のボス戦と全く同じエフェクトで戦闘が開始して……プレイヤー操作キャラが、ヤマネコになっている!
 やられましたね。そう来たか、と言う感じ。古龍の砦については、冒頭から「キッドがヤバい」という印象づけをされていたので、まさかあんな展開になるとは、夢にも思ってなかったんですよー。

 2点目はクロノポリスで、フェイト本体から「プロメテウス」がしゃべり出した時。これはもう、前作のファンとして号泣した。あのしゃべり!あの台詞回し!!それがセルジュを、私(視点、プレイヤーと同化してますから)を待っていた、と。彼が自分を、最後の希望と信じてくれていたのだろう、と……。あそこはめちゃくちゃ悲しいけど、キッドファンとしての視点を除けば、今のトコ、クロスで一番好きなシーンです。いや……好きというには、悲しすぎるんですけど、衝撃度・心揺さぶられ度ではもう、ダントツ。今思い出してもじーんとする。
 最後のどんでん返しは、これはみんなひっくり返ったんじゃないかと思うけど……「それではヤツら、人間たちにあがなってもらうとしよう……百万年にわたる、この星の痛みと哀しみを!」ですか。だまされたああーっ!! いやまあ、人間たしかに腐れたばかものですけど。いっぱい食わされましたねー、まんまと。

音楽、紡がれるメロディとハーモニィ

 人のこと、龍のこと、星のこと……物語のメーンテーマについては、「随想的評論」の方に、魂込めて書いたので、こちらでは繰り返しません。それ以外の重要キーワードとして、音楽について、ひとこと。
 ゲームの伴奏としての音楽、各所にかかる楽曲のうつくしさは、まあ光田さんだから当然!としても、今回クロスで特筆すべきことは、音楽が物語の「意味」そのもののなかに、融合しているという点です。クライマックスの「時の闇の彼方に響く、7つの音のメロディ」のことなんですけどね。
 ゲーム中の音楽に、単なる劇伴、ということを超えた意味をもたせている。ただ単に美しいメロディというのではなく……その音楽そのものが、物語をまとめる最後の「鍵」になっている。しかも、その音楽の元となるのは、プレイヤーが扱うエレメントに設定された「音」。それを並べることによって、物語が最後の転換を遂げる……。
 比喩でも誇張でもなく、まさにプレイヤーの手によって、物語の最後の扉をひらかせる。プレイヤーが並べて響かせた音が、物語の意味の中で、ラスボスを「癒し、解放」する。こういう手法は、ゲームという双方向性メディアでしか実現できないものです。同じ展開を映画や漫画や、小説でやっても、クロスのこのシーンほどの感動は得られないのではないかと。それらは見る者に対して「完全なる受け身」であることを要求せざるを得ないメディアだから。「『自分が』成す」という、指先からうまれる達成感は、どうやったって与えられないんです。
 ゲームというメディアの強みは、物語の「内部」に、操作を介してプレイヤーを取り込むことができることで、クロスもその特性を十全に生かしたと思いますね。エレメント、その音を仲介として、物語の中では星と生命がひとつになり、外ではプレイヤーと物語が瞬間、つながれる。
 しゃべらないキャラを、プレイヤーが感情移入する「駒」として設定し、物語への没入をはかるのは、よく行われてきた手法であり、クロスも勿論それを踏襲しています。けれどそれだけにとどまらず、更にもう一歩踏み込んで、プレイヤーを物語の世界に招き入れる……。それがクロノ・クロスの、ラスボス戦の意義なのだろうと私は思います。だからボス敵としては、案外攻撃や攻略が淡泊なのだろうな、と。普通のRPGのラスボスの意義……「これまで育ててきたキャラの強さを見せてみろ!バトルシステムの集大成だ!」というノリの、「最後の関門」として設定されるラスボス戦とは、趣が変わってくるのは当然です。求めているものがたぶん、違うから。
 物語志向の名の下に、あまりにもストーリーとキャラを動かしすぎて、かえってプレイヤーの没入感を奪ってしまうゲームが増えつつある昨今、クロスはかなり冒険的な手法を重ねながらも、最終的には「没入」を演出しつつ、物語を語ることに成功していると思います。ただ、前述したように「敢えて語らず」感が強く、プレイする方にイメージ力を相当要求するあたりが、ある意味、意地悪。歯ごたえばりばり、「あーおもしろかった」で止まらせない。そこいら辺が、ハマる人は思いっきりハマり、ダメな人は即投げ、の原因なのかと思います。

そして……ちょっとだけ、Boo

 でも不満がない訳じゃない。物語の面では、終盤ぎりぎりになってから提示される情報量が膨大すぎて、物語の理解を妨げる最大原因になっている気がする。クロノポリスぐらいまでは、比較的流れをつかみやすいのに、星の塔から先が、かなり……。星の塔で二度出て来るガッシュの長ゼリフと、オパーサの浜の三人組が、情報密度で言えば、これまでのイベント5.6個分ぐらい詰まっていて、あそこで却って混乱するかも知れない。
 というか、あの辺りがほとんど、台詞のみの処理で一気に進展してしまうのが、ちょっとつらいなと……。「え?え?」と思いながら、台詞読んでいる内に、訳が分からなくなる。二周目なら……と思ったんですが、二度目に読む時でさえ、メモとかとらないとちょっと、つらいかも。……いや、とりゃいーんですけどね、メモ。
 キッド=サラというネタは、クロス最大のネタバレですが、これも星の塔の凍てついた炎との対面まで、伏せられてるんだよねえ。特にオパーサの浜のルッカの語る内容は、唐突に聞こえるかも知れない。たぶんこれが、「ラジカル」未プレイ者を最大に戸惑わせた部分なんじゃないかと思うんですが……もう少し前に、何らかの念押ししても良かったかなとか。
 個人的には、キッド復帰が少し遅いようにも思った。セルジュの復帰と同時ぐらいに復帰可能で、クロノポリスでキッド=サラのラインを念押しできなかったかなとか……。でも示唆も何も、このネタってしゃべろうとすると、一発でバレバレになっちゃうのか……というか、今度は逆にクロノポリスの情報量が異常に増大するよな。うーむ。

 システムでは、やはりエレメントの付け替えがかなり、面倒。「オススメ」が案外、馬鹿なのもつらい。レベル8グリッドを「〜アース+3」で埋め尽くすのやめてくれ。無意味の極地。
 ただ、パーティに入れてないメンバーのエレメントやアクセサリを付け替え自由なところとか、煩瑣になりそうなところを工夫しているのはわかるけど。……あ、アクセサリについても1つ不満。ステータス異常に対する防御がほとんどできない、というのが厳しいです。結構よくハメられるのに、対処がしにくいんだよねえ。
 謎解き関係にも苦しめられたけど、実はしらみつぶしに街を回って、情報を拾っていくと、どっかに答えがあるんですよ。ダリオのイベントにしろ、緑龍にしろ、星の塔潜入手段(海月海)にしろ。六龍の時にそれを思い知らされた私は、全部の街の「ホーム/アナザー状況対比表」を作って、ネタの洩れがないようにしてみたりしたんですが……ふと、今思い出す。「ゼノギアス」の時に、私、全部の街で手製の地図描いて攻略したんだった……。うがー、このチームのゲーム、いつも歯ごたえ堅すぎ!!

 さてと。長々書いてきましたが、現時点で言いたいことはこのぐらいにしとこうかな、と。結局キャラクターについては全く語っていないのですが、それはまた、別の場所、別の原稿で。
 とりあえず、めっちゃくちゃ楽しんでいます!(現在進行形)。気分としてはまさに、このゲームに対して「おまえに会えて、オレはうれしかった。作ってくれて、ありがとう……」という感じなのです……って、パロディでしめるか……おい……。

(1999年12月28日 稿了)


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