『ゼノサーガ エピソード1 力への意志』(プレイステーション2)

 発売日に買って発売日にプレイしたゲームは、『クロノ・クロス』の後、実に2年ぶりになります。いわずと知れた「ゼノ」の仕切り直しシリーズ第1作。発売が何度か延期されてましたが、個人的には「案外早く出たなあ」と、ちょっとびっくりしたぐらい。も少しかかるかと思ってたので……。
 「移籍してまで作りたかった」ソフトなだけあって、やっぱり相当の力の入りよう、「自分がやりたいように作った」意気込みは、ばしばしに感じられました。前作以上にやりたい放題、趣味丸出し感が強いですから、良くも悪くも「ついてこれる奴だけ来い!」的なゲームではあるかも。まあ今更、「強制イベントウザい」とかいう人は、初めからこのソフトプレイしてないだろーとは思いますがー。
 プレビュー映像を見た時には、正直「アニメタッチのポリゴン人形芝居」の雰囲気になじめず、大丈夫かしらん……と思ったりもしたものですが、フタを開ければどうしてこれが。しっかり表情もついてるし、違和感なく楽しむことができました。アニメタッチのキャラでも、やりようで充分、ポリゴンで見せられるんだねえ。
 個人的には、ムービーシーンでの「つるつる」な感じの美麗3DCGキャラよりも、通常イベントでの彼らの方が、何か微妙に味があって好きなぐらいです。ややオーバーアクションっぽい動作も、独特で何だか可愛い(特にアルベドとか)。

 壮大さは初めから、前作より格段にグレードアップしていて、もう完全にSF映画の世界。なじみにくい、という声もあるようですが、個人的には、そうとっつきにくくはなかったです。というか、SF小説いろいろ読み始めてて良かったなと……(「架空的日記」参照)。割合強引な急展開っぷりと、完全に巻き込まれ型の主人公という対比は、まさに「ゼノだなあ」という感じ。
 相変わらず主役に背負わされているものは、「壮大な世界とのかかわり」世界の謎そのものであって、個人としての「生きる目的」は削げ落ちてしまっている。むしろ周囲の人々の方が、世界に対してハッキリとした目的意識を抱いている。「空っぽ」の主人公は、それら「生きる力にあふれた人々」に引きずりまわされながら、ただ何となくなりゆきで戦いを続ける。そうしていつしか、世界を動かす核心へと踏み込んだ時に……無理やりにでも直面せざるを得なくなるのだ。何故自分は「空っぽ」なのか。
 そのこたえこそが、苦痛に満ちた世界を変える、ただひとつの「在り方」を示す。

 ……なんかいきなり、まとめにかかってしまったようですが。手触りとしてはね、ギアスのフェイと、サーガのシオン、メンタルな部分では本質的に違いがないような、そんな印象を受けました。「ギアス」のバルトにしろ、今回のKOS-MOSやアルベドにしろ、サブキャラの方が意志も目的もはっきり持って生きているんだよね(まあKOS-MOSについては、まだ物語序盤ということで、「目的」の内容じたいは語られてないんだけど)。
 だからゼノシリーズって、主役よりはサブキャラに人気が集中しがちなのかな……と、今更のようにぼんやり考えたりもしましたが。やっぱりね、フェイやシオンに「感情移入」ってしづらいんだよなあ……。記憶喪失に二重人格と、本気でこちらの感情移入を拒否しがちなフェイに比べれば、いちおう今回のシオンは、「一個人」としての発言はしてるようにも思うけど、でもね。あんまり「シオン視点」では物語を進めづらかったです、私は。
 なんかねえ……バックボーンの見えにくい、そのくせ突飛な印象の言動が多いので、どうも戸惑ってしまうんだよなあ。最初から戦闘用の機械としてKOS-MOSを開発していながら、執拗に(としか言いようがない)彼女の「機能」を否定し続けるシオン。同乗してるアレンの生死無視で、自殺行為を盾にKOS-MOSを掌握しようとするシオン……プレイヤーの「共感」を誘わないような行動を、敢えて取り続けるという、ちょっと奇妙な存在の主人公キャラクター。
 プレイヤーの感情移入の「きっかけ」となるようなエピソードを(敢えて?)はずされたまま、エンディングまで行っちゃうんだよね。プレイ後、個人的に一番消化不良を感じたのがその点です。数十時間プレイしてきて、結局「シオンとはどういう人間なのか」が、全然感じ取れないままだった。ネピリムの発言などを見るに、おそらく「オチ」に関わっちゃうような大きなネタが、彼女の過去に隠されてるんだろうし、だから今の時点では、まだ何も語れなかった、ということなんだろうけど……やっぱりねえ、もどかしいものがありました。

 もどかしい。そう、「ゼノサーガ」をプレイして、一番強く残った感覚は、ひたすらなもどかしさなんですよね。とにかくまだ「エピソード1」、この後にまだまだ壮大な展開が残されている以上、今回は全編が「今後の伏線」の集大成になっちゃったのも、仕方がないのかも知れないけど。なんかこう……もう少し。
 もう少し、キャラを語って欲しかったかなあ、と思います。やっぱ、設定追いかけてるだけで精一杯、になっちゃってるような部分もほの見えたので。冒頭、ヴォークリンデでのレアリエンを巡るバージルとの会話なんかもそう。「生きたあかしってヤツをよ!」は、印象的だし、たぶん「言わせたかった」台詞なんだろうと思うし、全体のテーマにも関わるキーポイントなんでしょう。けど……そこに至るまでに、プレイヤーたる我々が目にしたレアリエンは、調整中で、まさに「人形のように」固定槽に「並べられた」彼らだけなんだよね。この状態で、レアリエンの「人間性」について、シオンとバージルが激白してても、説得力に欠けるというか……レアリエンがシオンの言うような「人間的」存在なのかが、私たちにはわからない。シオンがそこまでレアリエンに感情的に肩入れすることが、この世界観の中では異端なのか正当なのか、それすらはっきりとはわからない。しかもシオンには、あからさまにアンドロイドしてるKOS-MOS相手に、あれだけの感情移入示してる「前科」があるしなあ。
 その世界に生きてるキャラクターたち、それから、その世界を作った開発者さんたちには「自明の理」であることでも、初めてこの世界に触れたプレイヤーには、すべてが未知のもの。全体に「説明」抜きで、いきなり世界観の中にぶっ込んでしまって、そのスタイルそのものを楽しませ、カッコいいとすら思わせるような、そんな手法があるのも確かだけど……その場合はなおさら、人間の自然な感情の動きの部分で、強い共感を呼ぶようなつくりにしないと。プレイヤーがどんどん、置いてきぼりになりがちではないかと思います。
 結果として、その辺りの感情の機微みたいなものを伺わせてくれた、サブキャラクターのエピソードの方が、メインキャラたちの動向よりも数倍面白くなっちゃってるよね……アンドリューしかり、アルベドしかり、アレン君しかり。どっかで、「ゼノサーガの三大A」とか称されてて大変ウケた。

 まあそれもこれも、全部が「序盤」ゆえの問題であって、たぶん「ゼノサーガ」全編が語り明かされた暁には、「くーっ、あそこはそう言う意味だったのか!」「あそこのあの台詞、あんな悲しい思いでつぶやいてたのか!な、泣けるぜ!」とかになるのでしょう。……なるよね?なってくれなきゃ困る。

 ゲームとして遊ぶ上では、用語解説とかEVSとか、新機軸のシステムがたいへん良い感じ。パーティメンバーの数がさっくり少なめ、入れ替えラクな辺りも嬉しいです。バトルはまあまあ……最初ぜんぜん訳がわかんなくって、参りましたが(チュートリアルが最初しか見られないのはつらい。U.M.Nでいつでも閲覧可にして欲しかったなー)。ブーストとか、テンポ上げた方が絶対楽しい戦闘システムだと思うので、次はその辺りの改良があると嬉しいな。せめて必殺技エフェクトは、ショートカットできるようにして欲しいっす。あとザコ敵の攻撃モーションも……「ネピリムの歌声」の敵が、どいつもこいつも行動遅くてもう……。
 しかし、成長バランスはぎちぎちですなあ。「ザコ敵からは逃げて逃げて」言われるのに、ボス敵はレベル上げてないと勝てっこない、というパターンが何度かあって、非常に不条理なものを感じました。あとステータス異常とか攻撃属性とか、基本的なところがいまひとつ理解できないまま終わってしまった。エーテル攻撃なんか、使ったことないのばっかりだ……。
 使ったことないと言えば、A.G.W.S。ゲーム誌とかでも、かなり早い時期からデザイン出てたぐらいだと言うのに(ギアスの流れから考えれば当然だが)、実際のゲーム中での存在感皆無。遅い割に攻撃は今ひとつ魅力ないし、HPがでかいだけの、まさに「お人形さん」……。「ギアス」のギアバトルも、確かに大味なシステムではありましたけど、とりあえず今回の「一応いる」だけっぽい扱いは、あまりにも勿体無い。デザインカッコいいだけに残念。
 メカ入れるならきちんと使えるシステムにする、できないなら思い切って外す決断した方が、潔いような気はしました。お話的にも、あんまし「要る意味」なさげだし。もっとも日本のオタクは、SFを「メカアニメ」の文脈を濾過して受容するのが一般的になっちゃってるから、メカはケレン味の意味でも残した方がいいようには思うんですがー……。

 ジャンプや360度マップ回転がなくなって、寂しがっていた方も多いようですが、皆さんに私は問いたい。「もう一度バベルタワーの水責めを味わいたいのか」と。……いや、むしろ味わいたい気持ちも、ちょっとだけならわからなくもないかも知れないが。ゼノファンって、ほんとにマゾだよなあ……。
 しかし今回のマップ探索は、何と言っても「破砕プラグイン」。これに尽きますよお客さん!いやもう、何でもかんでもめったやたらと壊しまくり!あの「ガシャーン!」って音と豪快な壊れっぷりがもう!たまらん!!二度目に訪れてもまた破壊!中に敵が潜んでるの上等承知で破壊!敵を罠にかける為の障害物でも、敵が近づいてくるの待ってられずに即破壊!意味なし!!
 という訳で、ウチのKOS-MOSちゃんやケイオス君は、やたらめったらあらゆる物体を破壊して回るバイオレンスな打ち壊し野郎と化しておりました。ゼノサーガのいろんなシステムの中で、今回一番のお気に入りです。いやマジで。

 ……とまあ、あちこちのオブジェクトを破壊したりしつつ、今となってはまったり物語を振り返って考える余裕も出て来たのですが。
 正直、プレイ後半からクリア直後ぐらいにかけて、私、めちゃくちゃ荒れてました。しばらく「ゼノサーガ」を「見なかった」ことにしようかと思ったぐらい。とある展開がどうしても、生理的に苦手で、自分でもびっくりするぐらい鬱になってしまったんですよね……。
 と書くと、みなさん「アルベドの例の『幼女虐待』か〜?」と思われるかもですが。そこは別にどーでも良くて、憤って嘆いてたまらなかったのは、その前の部分。ファウンデーションイベントのラストで、モモがアルベドにさらわれる展開について、なのです。
 避難民でごった返すステーション。連絡艇に乗り込むシオン。怪我人の面倒を見ているモモ。「先に行って下さい」「じゃあ、すぐ迎えに来るから!」モモひとりを残して飛び立って行く連絡艇。
 ……コントローラー投げそうになりました。ああ、これでもうモモ行方不明決定だ〜、と。そして後の展開が読めすぎて、もう何もかもがどーでもよくなってしまった。
 だって普通の状況じゃないのに。モモが他勢力から身柄を狙われてるのは、既に自明のことになってるのに。つーか、前半から中盤にかけて、あれだけ長々いろんな展開踏んで、モモの身柄を確保する為に、我々は奔走してるんじゃなかったの?なのになんであんなにも不用意に、彼女をひとりで置いて行けるの?モモ本人にはたいした戦闘能力はなくて、自分で自分の身を守れないことも、はっきりわかっているのに?
 ファウンデーション内部だから、安全だと思った。誰にでも油断がある。不測の事態だった。……言い訳もいろいろとあるんだろうけど、でもねえ。いい歳した大人がいっぱいいてさあ、どいつもこいつも役立たずのうっかりさんですかい。とっほっほ。ブレスレット(自作)とかプレゼントしてる場合じゃないだろルベド(26歳)!!
 正直、「未必の故意」と言い切って良い事態だと思います。あの状況下で、これまでの事件の積み重ねがあって、その上で不用意にモモをひとりにする。どうぞさらって下さいって、言ってるようなもんじゃない。怒りを通り越して、ほとんど呆然となりました。私がここ数時間やって来たことは、いったい何だったんだろうって。

 ぶっちゃけねえ、「シナリオの都合」だとしか思えないんですよ。あの安易な「置き去り」は。今後の展開として、「アルベドがモモをさらい、追って来たシオンたちに、ルベドその他の過去について語る」というシナリオが先にあって、そこに至る道筋として、一番単純で、一番ひっかからない展開をつけた。問題となるのは「さらわれた」という事実事件の方であって、それが発生するにいたる状況には、さしたる意味づけはいらない。だから「たまたまひとりになった時に」という、一番「自然」に見える状況を用意した。
 実際にシオン以下パーティメンバーは、モモがさらわれた以後、その時の自分たちの不注意さや責任については、ほとんど言及しない。アルベドに対する怒りが前面にあらわれ、その感情のみで対決へと至る。モモを救出した後にも、「ごめんね、あの時ひとりにして……」などと、事態を振り返るような発言もない。
 「責任」を、誰か特定のキャラに背負わせることを避けた様子も、伺えなくもない。この件で、誰かがモモに対して(或いはメンバー全員に対して)負い目や遺恨が残るような展開にはしたくないだろうし、だから誰の責任にもならない。さらったアルベドが悪いのであって、ほかの「原因」をメンバーに求めるような真似はしたくない。「誰かがモモと一緒にいたけど、アルベドに急襲されて抵抗かなわず、力ずくで連れ去られた」などという展開になってないのも、そういう理由なんだろうなと。
 けど、私は敢えて言いたい。これって……こういう事態が起こってしまった場合、主人公たちが責任を感じずに済ませられる訳がないんじゃないか?それを後々まで引っ張るかどうかは別としても、庇護すべき対象の少女を、「自ら不用意に目を離す」ということでさらわれたんだよ?それこそ、「人間として」誰も何も言わなかったとしても、自ら思うところはあるもんじゃないのかなあ。
 これだけ重厚なシナリオを展開してきて。「人間とは何か」という大題目まで問い掛けて。こんな単純な……いっそ馬鹿馬鹿しいほどのケアレスミス。いや、それを問うんならそれでもいいの。こんなに気を遣ってモモを守って来たのに、一瞬のケアレスミスでさらわれちゃった。その脆さ・愚かさこそが人間そのものなんだと、そう問うつもりなのだったらまだわかる。
 でも現状、「さらわれた」事態に対してのフォロー(いい意味でも悪い意味でも)は、全く感じられないんだよね。モモ奪回のシーンも、アルベドとルベドの因縁や、百式の秘密・シオン&KOS-MOSの秘密の方にスライドしちゃった。……というか、それを語る為のモモ誘拐イベントなんだから、当然なんだけど。
 モモを陵辱するアルベドに対して、どんなにJr.が憤ろうと、どんなにシオンが胸痛めようと。私は何だかぼんやりと、その風景を眺めるしかありませんでした。この人たちは、何故そんな風に怒り、嘆き……その原因を簡単にアルベド<かれ>に向けられるのだろう。すべては、シオン<わたし>たちがもう少ししっかりしていれば、防ぎ得た事態だったのに。

 結局ね、これはいくら「映像的」に見えたとしても、本質的にはゲームだから。キャラクターたちの感情のはしばし、事態に対するひとつひとつの感慨は、キャラが語るのを待つことはできず、自分自身で「思う」ことによって補完するしかない、ということなのだろうなと。最近はそう思うことにしています。
 その割に、自分が思ってもみない発言をキャラクターたちは繰り返し、そして、私が今いちばん言いたいことばは、決して語ってはくれないままなんだけど。そうして物語が進むほど、キャラクターたちと、それを動かす私自身とは、大きく乖離してゆくばかりなのだけど。

 最後の最後まで、このイベントから受けたショックが大きすぎて、呆然としたままクリアまで行っちゃった。しかもあの後のダンジョンが、「ネピリムの歌声」だってのもマズいんだよなあ。BGMがものすごい鬱な曲だわ、出てくるねーちゃんは「死ね死ね団」だわで。
 鬱曲……ということで、音楽の話を少ししてシメます。「U.M.N.」の曲が何だか心地よくて好き。イベントの劇伴でかかっているものはねえ、うーん、今回はほんとに全体に「BGM」に徹してるような印象でしたねえ。台詞の音量と音楽の音量が、いまいち釣り合ってないというか、バランス的に聴きづらい箇所が多いのは気になりました。音楽が大きすぎて台詞聞こえなかったり、逆に台詞膨大で音楽別にいらない状態、になってたり。やや煩瑣な印象が全体的に続いてたなと。
 ダンジョンBGMがないのって、やっぱリアリティ追求(現実の街や艦内にBGMはないから)なのかなあ。ファウンデーションの街中とか、あんなに人がいっぱいいて活気もある感じなのに、「死の街」さながらに静まり返ってて、ちょっと怖かったよ……。


つれづれゲームレビュー / ラジカル・ドリーマーズの小部屋