「サガフロンティア2」プレイ後雑感(前編・ネタバレなし)

データ プレイステーション用ソフト 1999年4月発売
定価¥6、800(税抜) スクウェア

何かと言われるスクウェアだけど……

 プレイステーション参入以後のスクウェアのゲームについて、否定的なゲーマーの方、結構いらっしゃいますよね。それも、SFC時代はかなりのファンで、色々と思い入れが深かった人ほど、現状にはひとこと言いたいことがあるようで……。
 私も「FF7」以来、どうもそういう感じをぬぐい去れなかった人間の一人です。どんどん進化するビジュアル、壮大な「映画的」ストーリー、マニアックさ(つーか、はっきり言って同人誌狙い的な要素)を増して行くキャラクターたち……。「進化」して行ってるのは分かるんだけど、何かこう……「ちょっと違わねーか、それ?」的空気が、どことなく漂い続けている気がして。
 とは言うものの、もともとスクウェアのゲームというのは常に革新的で、有名タイトルの続編であっても、本当の意味で「前と同じ」ゲームなんか、ひとつもなかったりするんですけどね。システムそのものが変わっていくことも、珍しくないし。ソフトハウス最大大手であるが故に、ゲーム業界の「保守派の雄」みたいな言われ方もするけど、実際出しているゲームに触ってみると、保守じゃないよね……。むしろいつも、何かしらの新機軸を打ち出している気はする。
 ただ最近のスクウェアソフトにおける「新機軸」の方向が、何かひたすらビジュアルに向かって突っ走ってしまっているのが、個人的には気になる。元来ビジュアルはスクウェアの大きなウリだったけど、それだけじゃないでしょう、とね(あと、チョコボだけじゃないでしょうスクウェア、とかさ。←最近出しすぎ。いや、チョコボそのものは大好きなんだけどねー)。
 ところが……99年に入ってから、相次いで発売された「スクウェアSFC時代からの財産」ソフト2本。サガシリーズ最新作『サガ・フロンティア2』と、ようやくプレステ登場!の『聖剣伝説〜レジェンド・オブ・マナ』をプレイして、私は久々に瞠目させられましたよ。やっぱりスクウェアのRPGって、すごいっす……。昔からのスクウェアの良いところと、新作ならではの革新的な要素がきれいに絡み合って、手放しで楽しむことができた2本でした。
 で、「やっぱりすごいぜスクウェアRPG!」というテーマで、2本のレビューを書いてみたいと思います。完成するのいつかわかんないけど……(涙)。そのパート1にあたる今回は、「サガ・フロンティア2」のプレイ後雑感。後編はストーリー・攻略関係のネタバレを含みますが、「ここからネタバレ」と表記するんで、見たくない人はそこから引き返して下さい。

フリーシナリオか否か

 サガシリーズと言えばフリーシナリオシステム、フリーシナリオと言えばサガ……というぐらい、「プレイヤーが自由に物語を紡いでいくことができる」このシステムは、サガシリーズ特徴的なものでした。だからサガが好き、ってファンもたくさんいたことでしょうし、スクウェア2大RPGという視点から見ても、一本道固定シナリオのFFシリーズと、フリーシナリオのサガってことで、バランスがとれてた部分はありますよね。
 んで、シリーズ最新作の「サガフロ2」ですが……結論から言っちゃうと、このゲームはやっぱり、純粋な意味での「フリーシナリオ」ではないと思います。一応、イベントクリア型RPGであり、1つのイベントが終わると、次のイベントは複数の選択肢(イベントタイトル)から選ぶ方式をとっています。「次にどれをプレイするか」は確かに、プレイヤーの自由に委ねられているんですけど、選択によって全体のシナリオそのものが動いていく訳ではない。全体のストーリーというのは、固定シナリオで完全に確定されており、フリーなのはプレイヤーがそれを「体験する順番」のみ。「イベント順序フリーRPG」というのが、正しい意味でのサガフロ2のシステムでしょう。(そういう意味では「聖剣LOM」の方が、従来の意味でのフリーシナリオにちょっと近いかも。)
 しかも「順序フリー」といっても、これも完全自由じゃなくて、ゲーム中の時間軸の流れから、そう離れた選択はできませんし。そういう意味では、かつて「ウリ」とされてたフリーのプレイ感はサガフロ2には薄く、むしろ手触りはシミュレーションRPGとかに近い感があります。
 ……んで、雑誌レビューとか観ていると、どうもこの「フリーシナリオじゃない」というのが、従来のファンの反発を買ったみたいなんですけど。しかも雑誌前記事とかで「壮大な歴史を自由に体験」とか、また従来のフリーシナリオっぽい説明しちゃったりしてたから、余計に「裏切られた」と思っている人が多いのかも知れません。
 けど、プレイした私の感覚としては、正直、「……だから、何?」という感じでしたねー。確かにフリーシナリオではないけど、1本のゲームとして虚心にプレイした時、面白いかどうかが、ゲームを評価するにあたって一番大事なことじゃないのかなあ。そしてその観点で語った時、サガフロ2は、十二分に面白く遊ばせてくれるゲームだったと思うんですよ。
 シリーズのファンが、旧来のシステムにこだわる心情も理解は出来るんですけど。ただクリエイター側のことを考えるとですね、実は「前と同じこと」をやってしまった方がずっとラクだし、しかもリスクが少ない筈なんですよね。結構、ファンって保守的ないきもので、だからこそ「続編」「〜2」がウケる訳ですし。安全パイで言うなら、前のシステムを丁寧に踏襲し、でもグラフィックは進化しちゃったりしてー、アイテムとか敵とか増やしちゃったりしてー、あとちょろっと前作のファン心理をくすぐる技やキャラやイベントシーンのリピートをかければ、それで充分だったりするんです。
 そこを敢えて「崩した」意図は何なのか。クリエイターが安全パイを捨てて、危険な賭けにでたそ裏側には常に、「より以上のものを作りたい」という熱意とアイデアがあふれている筈なんですよね。そこを虚心に受け止めるべきだと思う。ゲーム業界が萎縮しつつある現在の状況の中では、殊更にそういう視点が必要で、でないと新機軸は絶対に生まれ育っていかない。その上で、詰め込んだアイデアが破綻したり玉砕してたりしたら、それは冷静にツッコミいれるべきだと思いますが。ユーザーの視点としてね。

歴史を語る物語

 サガフロ2が従来のフリーシナリオをとらなかったのは、ひとえに今回のテーマが「歴史」であったからに他ならないと思います。歴史というものは、絶対的な時間軸の流れと切り離して考えることはできませんから。壮大な歴史絵巻を想定し、ゲームとして語る際、どうしても時間を逆行する形で話(エピソード)を提供することは難しい。少なくとも、最初のプレイ時1回だけでも、時間の流れに沿ったストーリーテリングをしとかないと、人物関係も時代の動きも、何が何だか理解してもらえない。
 結局そこが、サガフロ2が「あのシステム」を取った(あるいは、従来のフリーシナリオを捨てた)一番の理由でしょうね。つまり、システムの為に物語を作ったのではなく、語りたい物語の為に、一番ふさわしいシステムを用意した感じがします。

 私は歴史小説……司馬遼太郎とか好きなもので、サガフロ2の空気感って、かなりハマりでした。ああいうの好きな人にはわかってもらえると思うんですが……「人と人が交差して、歴史をつくる」という雰囲気が、すごく良く出ていたと思うんですよ。んで、メインキャラは確かに存在するけど、「脇役キャラ」というのが、本質的には存在しない。
 登場人物の多い物語……特にRPGなんかでは、どうしても「脇役」……それも特定のイベントで特定の台詞をしゃべる「だけの為に存在する」キャラクター、というのが出現しがちなんですよね。背景となるもの・バックボーンの存在を感じられないキャラ……本当にそのキャラの背景が設定されているかどうか、って話ではなくて、要は「その匂い」があるかないか、って話なんですが。
 サガフロ2の場合、ゲーム中のストーリーでは出番が少なかったようなキャラでも、確かにあのサンダイル(サガフロ2の舞台となる大陸)に生き、自分なりの人生を送っている「感じ」が、ちゃんと伝わって来るんですよね。プレイヤーが見てるのは、そのキャラの人生の一部分である、という感じ。これってなかなか凄いことですよね。
 そんで、そうやってちゃんとキャラが描けているから、この物語にはいわゆる「悪役」キャラが、存在しない(ラスボスは除く)。主人公キャラと対立するキャラにも、そのキャラなりの立場があり、考えがあり、故に相容れない。絶対善・絶対悪なんていない。考え方の違いがあるだけなんだけど、その違いが対立を産み、世界を変えていく……そういう世界観を構築できてるのは、本当に凄いと思いました。

 「表の歴史」と「裏の歴史」……2人キャラの2本の物語を平行させて語り、最後にそれが1本の物語に収束していく。サガフロ2のストーリーの構造を簡単に説明すれば、そんな感じです。
 「表の歴史」代表は、誰もが使える魔法の力・術を至上とする世の中で、術不能者として王家に産まれたギュスターヴ13世。またの名を「鋼のギュスターヴ」。術中心の中世封建社会を破壊し、金属(術の触媒にならない為、この世界では忌避されていた)を使った近代産業社会への道を開いた革命児。
 「裏の歴史」代表は、術の触媒となる古代の道具・クヴェルを探すディガーの青年、ウィリアム=ナイツ。クヴェル掘り屋・ディガーの間の最高の尊称「タイクーン」と呼ばれるまで上り詰めた天才ディガーと、その子供・孫の3代に渡る冒険と戦いの物語。
 変わっていく時代を表と裏……政治の表舞台である王侯の世界と、日常とつながった庶民の目から見つめる二重構造。またこの物語の大きなキーワードになる「術」とは何かという問題、それが人に何をもたらすのかということを、「術の使えない人間」と、「術をもたらす道具を掘り出す人間」の立場から浮き彫りにする。またシステム的にも、物語を味わうことを主体にした「表」のギュスターヴ編と、戦闘が多く、しかけや謎に挑む「裏」のウィル・ナイツ編と、すべてが2面に分かれてゲームは進行していきます。
 そうしてそれが、ラストでひとつにつながる。別々に見えた2つの物語が、何故最後につながったのか、そうなった「歴史」の意味は何か……そこを感じ取るところに、サガフロ2というゲームの最大のカタルシスがあると私は思います。語られている物語の「意味」を、自分で汲み取って考えて行かねばならないゲームになっており、全部説明してくれちゃう物語方式のゲームが多い昨今では、ちょっと受け入れられにくかったのかなあ……。
 ただ、受け入れられにくいことを知ってて、敢えてやってしまったような匂いも感じるので、これは最初から「そのつもり」だったんでしょう。確信犯ですね。


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