『真・女神転生』 (プレイステーション)

 という訳で、すっかりメガテン年間となりつつあった01年、4つめのシリーズ作がこちら『真・女神転生』でした。ファンサイトを探すと、ちゃんと現在でも熱く継続しているところが少なくないのが、何とも心強い感じです。また実際にプレイしてみると、なるほどそれだけの人気を博す訳だよな……と納得することしきりでした。
 ただ正直、プレイし始めの時には、割合フツー……というか、地味で堅実な昔のRPGを遊んでるだけという印象が、圧倒的に強かったんです。プレイ前から「伝説のRPG」「シリーズ最高傑作に推す声も多い」などなど、大仰なレビューを目にしすぎてた為、ヘンな意味で期待過剰になってたのかも知れない。10年前のソフトだし、SFC版にかなり忠実な移植のため、グラフィックやサウンドがもの足りないのは仕方ないにしても、「あれ、ちょっと拍子抜けかも……」と首ひねりながらの滑り出しだったのです。
 序盤からバラバラ殺人だったりお母さん殺されたり、戒厳令にクーデターと、思えばすっごく飛ばしたシナリオなんですけどね。

 その印象が、物語の推移につれて、少しずつほどけ始める。崩壊した世界。消えてしまった、かつての価値観。二度と戻らない日常。「彼女」との再会。「彼ら」との別れ……。
 なんだろう。だんだんと惹かれずにはいられなくなった。相変わらずシナリオ運びは淡々としていて、演出もすごく地味なのに、時折ぞくっと背筋に迫るものがある。凄まじい世界のカタストロフィと、幼馴染の少女の「死」と、COMPのメモリを増設してもらうのとが、全部同列の価値観に並んでしまう、あの空気感!
 なんなんだろう。この感触。一番最初に見た時には、「シンプルなグラフィック」としか見えなかった崩壊後東京の風景が、次第にじわじわと胸に迫ってくる。何が心惹かれるって、あの2Dマップに流れるテーマ音楽……ぽかんと穴が開いてしまったような、壊れた世界の圧倒的な寂寥感を、そのままに描いたようなメロディ。
 主人公が失くしてしまった「世界」への、追憶や痛み、それがそのまんま、あの青白い大地に浮かび上がっているような気がして。画面にあらわれるおなじみの地名を眺めつつ、「もしもこれが『現実』だったら」と、つながらない妄想に耽ってみたりもしました。

 しかしこのゲームほど、主人公が無力な物語もないような気がします。神の使いたるロウの悪魔たちと、暁の星の元に集うカオスの悪魔たち。その圧倒的な力の前に、人間は何もできない。サマナーとしての力を認められて、両陣営からいろいろと「お誘い」は受けるけど、結局は利用されるだけ。どうあがこうと、世界はすべて水の下……壊れた都市の思い出すら、何ひとつ残されなかった。
 そうして迎える結末。ニュートラルエンディングを選んだのですが、そうするとほんとにもう、誰も彼をも手にかけなくちゃならないのね……。かつての仲間の「最期の言葉」に、何ともやるせない気持ちでいっぱいです。特にカオスヒーロー……ごめんね。ほんとにどうして、どこからこんなことになっちゃったんだろうね。

 終えてみて、さすがに傑作RPGだと。メガテンについては常に「何でコレをリアルタイムでやってなかったか」と嘆くことばかりなのですが、今回の「真1」はちょっと、悩むところかも。正直、当時こんなものを遊んでしまったら、私はもう戻って来れないぐらいどっぷりと、「あっち側」の世界観にハマってしまったかも知れない。精神的に「あてられちゃう」というやつです。……それはそれで、すごく楽しい道が開けていたかもですが。

 ゲームの進行も、魔法継承がないぶん「ハッカーズ」などよりはラクで、サクサク進めることができました。開始5分で幽鬼ガキの群れになぶり殺しにされたことを除けば。あれで逆に「おおう、気ィ抜いてたら即死だぜよ」と、気合入れて進行できたかも知れないです。
 途中から「人間+悪魔」合体が非常に使える(シルフやウンディーネ造りたい放題)ということに気づき、渋谷でメシア教徒のナンパに励みまくってたのですが……ふとした瞬間、我に帰って愕然。なんちゅう非人道的行為なんでしょうコレ。古いゲームレビューに「悪魔合体の背徳的な雰囲気に……」などと書かれていても、「ハッカーズ」あたりでは全然ピンとこなかった私ですが、さすがに今回は「ヤバ!」と思いましたよ。思っただけだけど。便利すぎてやめられないっす。これってカオス寄りな行動?と思ったけど、メシア教徒を仲魔にするから、むしろロウ寄りなぐらいなのね。どーなってんだ崩壊後東京のモラル……。



『ファイナルファンタジーX』 (プレイステーション2)

 久々にリアルタイムでプレイした最新FFです(とはいえ1か月遅れだったけど)。このところゲーム誌も全然買ってなかった為、前情報はほとんどゼロ、まっさらな状態で遊び始めました。一応、ヒーロー&ヒロインのデザインだけは、ずいぶん前に目にしていて、「うっわ、ものすごいことに!!」とガクゼンとなってはいたのですが。それっきり、サイトも雑誌も全然見なかったもので。主人公の名前すら知らずにプレイ始めたFFなんて、ほんとに何年ぶりでしょう……。
 ちらちらと目にしたCM映像以外、何も知らずに入り込んだのが、却ってよかったのかも知れませんが……今回はねー、不思議なぐらいハマりだった。楽しめた。自分でもびっくりするぐらい、すとんとあの世界観に入り込んで、フツーにエンディングまで進んでしまったなあ。チラ見の映像では、バリバリ野村氏タッチのキャラに、「なじめるかなあ……」と不安感じてたぐらいだったのに。

 結局、FF10をプレイして思い知らされたのは、私自身が「ゲーム」というものに対して、「あるべき姿」というものを、別段抱いていなかったという事実でした。「RPGはこうあるべき」とか、「ゲームなんだからどうこう」という発想・思想が、私にはどうやらあんましないみたい。別に「紙芝居RPG」が大好き!と主張するつもりもないんだけど……画面の前に座っている時間が楽しかったら、他の細かいことはどうでも良くなってしまいました。
 要するに、眺めているだけのイベントばっかり展開でも、その映像と物語がおもしろく魅せてくれるんならオッケーなんですね、私の場合。無意識にモードが切り替わっていて、「イベント鑑賞モード」の時はアニメとか見てる気分、街道を行く時は「ゲームモード」、というふうに、使い分けていたのかも知れません。
(しかし「ゼノギアス」の時は、ディスク2すごく苦痛だったんだよな……と思い返す。何が違うかというと、「ゼノ」は前半ディスク1は、ちょっとイベントの長い「RPG」だったのに、後半唐突にテキストになっちゃったことが苦痛の原因その1。そして原因その2は、あのテキストのみ演出の画面そのものが、表現として楽しいものじゃなかったってことかな……ホントに「説明してるだけ」でしかなかったからね……)
 確かにすべてのあらゆるRPGが、このFF10みたいになっちゃったとしたら、つまらないでしょうけど……絶対にそうはならないことは、わかり切っていますから。「表現のひとつ」として、こんな作品があってもいいんじゃないかと思います。

 世界観、キャラクター、シナリオ、バトルシステム、スフィア盤。未だにちーっとも遊びこなせないブリッツボール(へぼプレイヤー……)などなど、今回のFF10には「コレを表現したいんだ」という意思が、ハッキリ感じられました。ずうっと引きずって来たアクティブタイムバトルを捨てた潔さや、その気になればいくらでも好きな方面にキャラを育てていけるスフィア盤システム。「強制イベントがウザい」「ポリゴンキャラの恋愛ドラマつまらん」とFF8でめちゃくちゃ叩かれたにも関わらず、力いっぱいのイベント主導展開に渾身のラブストーリーをやってのけた、ある意味での厚顔さ。
 これを「旧作からのユーザー無視」ととるか、「意欲的な挑戦」ととるかは、難しいところですけど。ただ、今までのFFではこの手の「好き勝手」やった要素が、最後まできちんとまとまることがあんまりなかったことは事実。凄く魅力的な素材なんだけど、「投げかけただけ」で終わってた面が強かったように思うんですね。
 それが今回は、きれいに全部のピースがはまったって感じ。特にシナリオは、FF7・FF8を作って得た経験が、ようやくここで結実したのかなと思いました。相変わらずベタな悲劇的設定や恋愛至上主義は健在なんですけど、それを「持ち味」として昇華して、まとまった物語になっていたのは、素直に評価したい点だと思います。

 どアタマから「シン」というラスボスの存在を打ち出してしまうと同時に、ヒロイン・ユウナを待つ悲劇的運命を暗示する。その2つのラインで、中盤まで物語を引っ張った後に、やってくるどんでん返し……ほんとうの「悲劇」は誰の上に訪れるのか?ザナルカンドのイベントは冒頭に置かれている為、実はFF10の物語の大半は、既に「終わりの地」に着いてしまったティーダたちの回想であるということが、始めから提示されている。
 そのザナルカンドを通過した後、彼らを待ち受ける運命は……話ここに至って、ようやくプレイヤーの前に「本当の物語」がひらけるのだ。あそこから先が真の意味での、これから紡がれて行く「おまえの物語」なのだと。
 けれどその時にはティーダは既に、自分の運命を知ってしまっている。結末を知った上で、挑む最後のストーリー。ラストページは筋書きとおり?それとも……やっぱりそこから、そこからこそ、ティーダの真の物語はつづられるのかも知れない。

 街道から街道へ、旅する召喚士。FF10のフィールドやバトルって、きっと「イベントとイベントの間のつなぎ」程度にしか考えられていないんだろうなと思いつつ……私は、この「街道の旅」の構成がとても好きでした。なんか意味もなくうろうろして、エンカウントを繰り返したりして。スフィアがいつでも不足気味だったという、現実的理由もあるが。
 現実には、あんな広い大陸をあんな簡単に、徒歩で旅できる訳もないんですけどね(ポ○モンじゃあるまいし……)。現実感ないこと極まりないんだけど……何となくね。歩くに連れて土地に起伏があったり、見えてくる風景が変わって行ったりするのに、一瞬ふしぎなリアリティを感じたり。昔の建物の残骸が埋もれてるのとか、雰囲気が良かったなと。
 バトルもあの「入れ替え自在」システムが、なかなか楽しかったです。メインキャラ全員、フルに使いこなせたし。その分、登場するザコ敵が「どこに行っても色違い」なのが、ちょっと物足りなくもありましたが。「入れ替え」のメリットをはっきりさせる為に、キャラごとの「得意相手・不得意相手」を設定してあるから、仕方ないんですけどね……。
 あとは召喚獣がすごく楽しかった!きちんと召喚しがいがあるシステムになってて、随所でめちゃくちゃ大活躍。HPがある辺り、FF8のGFからの発展継承だと思うけど、あれと比べると、ずいぶん洗練されてたと思います。

 ヒロインのユウナ、主人公のティーダ。それを支えるリュック、アーロン、ルールー、ワッカ、キマリ……人数を絞った分、それぞれのキャラクターがきちんと描かれていたし、デザインが奇抜な割にはみなさん、真っ当な思考と言動と主義主張の上に動いてた。納得が行くし共感できた。ルカでティーダとユウナが笑い始めた時には、「あちゃ〜、やっちゃったよ」と思いましたが、その後は突飛な行動もなく。素直に二人の道行きを応援できました。
 そして、何よりも……たぶん、私がこんなにもFF10の物語を気に入ってしまったのは、メインテーマのひとつに「予定調和的世界からの脱却」というのがあるからなんですよね。個人的に、私はこのテーマにヒジョーに弱い。「クロノ・クロス」のレビューの中にも、端々にこの志向が見え隠れしちゃってると思うんですが。どうもね……トラウマのごとく反応してしまうのだった(トラウマ?)。
 スピラをつつむ死の螺旋。絶対的権威の元に定められた秩序。終わりのない夢。それらすべてを、破壊するために歩き出す人々。夢を終わらせるための夢。ある意味、シンによる死よりもなお酷い、生きながらにして死んでいる夢の、呪縛を解き放つ為に……「最後の夢」ティーダの運命を、スピラに召喚する、「最後の召喚士」ユウナ。
 ザナルカンドの真実。そして、ユウナレスカへ向かってみんなが叫ぶ決意の言葉。あの反逆宣言には、ホントにゾクゾクしながらコントローラーを握りしめておりました。もう「行け行け〜ッ!」って感じで。
 そのあとの展開については、エンディングまでほぼ予想通りというか、もう「そうする以外、どうしようもない」という結末でしたけど、最後はやっぱりぐっと来ましたね……。あの、ユウナが飛空艇の上に倒れ込むシーン……。

 FF10のエンディングについて、「決着がついてない」という意見が多いようなのには、ちょっとびっくりしました。あれは別に「オチ逃げ」ではないと思うんですけどね。というか、オチということでは、「ティーダは消えて、ユウナは残った」ということで、はっきり結論が出ている。「その後」があるかどうかは、それは本当にその人のご想像のままでしょう。
 ラストカットのティーダの映像が、混乱まねいてるって説もあるようだけど……個人的には、あれは「海に佇むティーダのCGイラスト」が、まるで「あの後」につながるものだと断定するような書き方した、攻略本が悪いと思うよ……。あの紛らわしい記述がなかったら、フツーに「夢は消えたけど、ティーダという存在が『在った』事実は残る」ということで、「思い出して下さい」というユウナのメッセージとも符合したのに。
 彼が「残る」場所はじゃあどこだ、現実のスピラか、ユウナの夢の中か、或いは千年前の「現実だった」頃のザナルカンドか、そこら辺はむしろ、プレイヤー側の想像の余地ですよね。それともそこまで結論白黒つけないと、納得できないものなんだろうか……元が夢という素材なんだから、それこそ自在にはばたけると思うんですが。
 個人的な妄想を述べますとね……私は最初にあの「浮上して行く」ティーダを見た時、彼はスピラに転生するのかな、と思った。「ティーダ」という存在ではなくなるけど、その魂をどっかで受け継いだ、新たなる本当の生命として。んでもって、その転生先というのは、ユウナの子供……だったりしないかなーと(父親は、えーと、忘れ形見ってことじゃ……あの環境じゃ無理がある?キマリ辺りに撲殺されるかもだが)。

 つっこみたいところも、もちろんいろいろあるんですけどね。相変わらずここのチームの敵方サンはマザコンなんだなーとか、日記にも書いたけど、すげー泣けるイベントの後に宝箱とか配置しないで下さいとか。広報のセンスもちょっとどうなの?って感じだったし(「世界一ピュアなキス」で、何万人が引いたことだろう……)。あとはやっぱり気になる、珍妙なデザインの数々とか。シーモアの髪の毛とかシーモアの髪の毛とか。
 でもね、ほんとに全体としては、新しいFFのひとつのかたちを見せてもらったかな、と思います。音楽も新鮮なの多かったし。というか浜渦さん!最近何書いてらっしゃるんだろうと思ってたら、FFだったとは。今回ホントに事前情報入れてなかったので、プレイするまで彼が参加してること、知らなかったんですよ。遊び始めて、ビサイド島辺りで「今回の植松さん、すっごい新境地って感じじゃない?」と不思議に思ってた超マヌケ。
 ミヘン街道の旅行公司に入ってようやく、「ちょっとこれ……浜渦さんだったりしないだろうな」と思い始め。雷平原に至って、「絶対そうだ!間違いなし!て言うか間違ってたらファンとして首をくくる!」とひとりで大騒ぎしてました。んで、プレイオンライン覗いたらあっさりインタビューとかあって大笑い。気づけよ自分。
 相変わらず、美麗なハーモニーを聴かせるロマンティックなスローテンポと、華麗なアップテンポの使い分けが素敵でもう。「襲撃」のピアノのカッコよさや、「マカラーニャの森」の複雑な和音、そしてMIDIサイトでの人気も高い「いつか終わる夢」辺りは、浜渦節バリバリで、めちゃくちゃ堪能させて頂きました。「極北の民」「ビサイド島」辺りは、またちょっと新しい感じで、これもお気に入りです。

 ああ……ホントに長々書きまくってしまいましたが。200万人が遊んだソフトを「オススメ」ってのも、ちょっとおこがましい感じですが、プレステ2を買うのなら、遊んでみて損はない1本だと思います。「強制イベントがウザい」ったって、たぶん「ゼノサーガ」とどっちがどっちっていう分量だろうし……


つれづれゲームレビュー / ラジカル・ドリーマーズの小部屋